更生した不良は偉くないと言う人がいるけど

更生した不良や犯罪者に対して「更生して偉い」と言ったら、「最初から真っ当に生きている人間の方が偉い」と説教してくる人をSNSではたまに見る。 でも「更生して偉い」という発言の裏で行われている比較って「不良」と「真っ当な人間」の比較じゃなくて、「更生した不良」と「更生していない不良」の比較だよな、多分。 だからそういう説教ってめちゃくちゃ的外れだと思う。 例えば運動会の徒競走で1位になった子どもに「偉いね」と褒めただけなのに、「いやボルトの方が何倍も速いし偉いだろ」と説教してくるのと本質的には変わらないと思う。 ある地域、ある学校、ある徒競走の組の中で1位になったことを褒めているのであって、別にプロアスリートと比較して褒めているわけじゃないんだよ。 それと同じように、一度過ちを犯したら更生できない人がたくさんいる中で、それでも更生できた人のことを褒めているだけなんだよな。

2025-03-30

社会人って「いつ死んでも良い」って言う人多くない?

社会人になってからちょくちょく「俺はいつ死んでも良いと思ってる」と発言する人に出会う。 新卒でベンチャー気質の会社に入ったのもちょっとは関係しているのかな。 新卒で入った会社の上司がまさにそのうちの一人で「俺は人生は暇つぶしだと思っているし、いつ死んでも良いと思っている。今俺が生きている理由は俺の周りの人達を幸せにしたいからだ。」と言っていた。 こういう類の発言ってどうにも嘘っぽく感じてしまって駄目なんだよな。 「俺の周りの人達を幸せにしたい」は全然いいと思うんだけど、「俺は人生は暇つぶしだと思っているし、いつ死んでも良いと思っている」は99%嘘じゃん。 ちなみにその上司はバイクで転倒して鎖骨とか肋骨を折る大怪我をしたんだけど、普通に手術して、普通にリハビリしてた。 やっぱり人間はみんな生きたいんだよな。 そろそろ死を利用してカッコつけるのやめないか?

2025-03-19

冷静に考えれば気づけるはずのことに気づけないことがある

昔から麻雀AIに興味があって、ちまちまと麻雀AIを開発してきた。 大学生の時には強化学習をしたくてAI同士を戦わせるための環境を作っていた。 ゲーム系の環境を作るときは、実際にそのゲームをプレイできるUIがあったほうがバグに気づきやすい。そこでReactを使ってUIを作った。 それがこれである。大学生のときに作って未完成のままなので、かなりのバグがある。 最近、また麻雀AIを作る気力が湧いてきたので、このときのコードをリファクタしようと思ったのだが、そこでふと気づいた。 いや、なんでReactでUI作ってんの? と…。 フロントエンドとバックエンドを分ける方式にすると、データのやり取りをする必要がある。ゲームだとやりとりするデータのパターンが複雑で型定義が面倒だった。 ただでさえ型定義が面倒なのに、麻雀とかいうゲームのルールが複雑すぎるせいで絶対に考慮漏れが発生するので、そのたびに莫大な型定義の修正が発生するのも面倒だった。 もうとにかく面倒くさい。誰だよ、麻雀のルールをここまで複雑にしたやつは! 大学生の時に未完成のまま放りだしたのも、型定義するのめんどくせーって感じだった気がする。 AI部分がPythonならUI部分もPythonで書いたほうが絶対楽に決まっている。データのやり取りをする必要がなくなるし、いちいちReactのサーバを起動する必要もなくなる。将来的にAIと対戦できるようなプラットフォームを作りたい場合でも、まずプロトタイプを作って安定的に動作することを確認してからの方が良い。 冷静に考えたらそうなんだけど、実はこの事実に気付いたのは昨日だ。なんか寝て起きたら気付いた。 自分の方針を疑っていない状態で自分の非効率さに気付くのってマジでむずい。世間の人はどうやってモードを切り替えているんだろう。 良いものを効率良く作るなら常に万物に対して疑問を呈さないといけないんだろうけど、それってめちゃくちゃ脳が疲れそうだな。

2025-03-02